らしく。

作詞をしています。

御座候

御座候というお菓子がある。

 

似たようなものは全国に分布していて、呼び方が異なるらしい。回転焼きとか今川焼とか。御座候という名前は、関西で一般的だ。

 

連休の中日に、実家に行くことになった。別に手土産なんてなくても怒られはしないし、母とも最近はよく会っているので気を使うこともないのだが、その日は決めていたのだ。御座候を買おう、と。記憶の中でいくつか店舗の場所は知っていたのだが、どこも実家に帰るルートからすると少し外れている。どうしたものかと調べるうちに、乗り換えの駅から直接行ける百貨店の中に店舗があると知った。全然知らなかった。これから役立ちそうだ。

 

同じ日に実家にいる予定の姉には事前に連絡を入れた。赤あんと白あん、どっちがいい?と。御座候を買っていくと聞いて喜んでいた姉からは、赤あん!と返答があった。そうだよね、私も赤あんが好き。

 

実家に御座候を買っていこうと思ったのは、祖父に供えたかったからだ。ちょうど一年と少し前に他界した祖父。お墓は別の場所にあるので墓前ではないのだが、母が写真や花を飾る小さな場所を実家に作ったと報告してくれていた。その時ふと、じいちゃん、御座候好きやったよなあ。なんて思いだしたのだ。亡くなる前を含めて五年ほど、祖父に会ってはいないのに。

 

実家についてすぐ、母に御座候を手渡した。これお供えして。後で食べよう、と。その流れでふと、じいちゃんって御座候好きやったイメージあんねんなあ、と母に言った。革ジャンを脱ぎながら言うと、母は、昔は持ち帰りできるスイーツなんてなかったからね、と返した。そうか、そういえば祖父は別に甘党というわけではなかった。

 

こういったことは間々ある。よく施されていたものは、大抵祖父の好みには関係ない。幼かった孫たちのことを思って、いつも祖父が心を砕いた結果だった。

亡くなってから知った祖父のことは他にもたくさんある。

高卒だと思っていたけれど、中卒で、案外いろんな仕事を転々としていたこと。若いころからタバコを吸っていたこと。白黒写真の中でポージングを取る祖父は、ちょっとびっくりするくらい爽やかなイケメンだった。祖母とたくさん旅行に行っていたこと。写真をよく撮っていたこと。

 

御座候の中身は粒あんだ。実はこし餡の方が好きなので、最近まで御座候はとんと食べていなかった。もしかしたら、こし餡の方が好きと気付いた昔、祖父の御座候をいらない、と言ったかもしれない。そうなんとなく思った。何一つ覚えていないから、確証はどこにもないのだけれど。

タイ焼きの中身ではカスタードクリームが好きだし、焼き菓子とかより団子や大福のもちもちした和菓子の方が好きだ。

でも、御座候は好きなのだ。ほんの少し昔より値上がりしたし、好まない粒あんを使っているけれど、御座候が好きだ。あったかい包み紙を膝の上にのせて、各駅停車の私鉄に乗る。ドアを開けると、そこに祖父がいるような気持ちになる。おお来たか、と迎えてくれる声に会える気がする。

 

タンクトップとゆるっとしたハーフパンツで、台所のそばの椅子に腰かけながら、麦茶を飲みながら、新聞紙を広げている、じいちゃんに。