指先から伝わるもの
先日、機会があってとある催事に足を運んだ。
梅田の阪急百貨店9階、バレンタインの季節は名の知れたパティスリーがひしめく催事場は、その時期は若輩者には少し肩身の狭い空間だった。
いわゆる伝統工芸品の催事が行われていたのだ。平日の昼過ぎに足を向けたのも理由かもしれないが、少なくとも同世代らしきお客さんは見かけなかった。
そんな分不相応な場所に赴いた理由はひとつだ。以前からInstagramで拝見していた美しい工芸品を作られている方が出展していた。
漆作家の武藤久由さん。
とりあえず何も聞かずに武藤さんのECサイトを見て欲しい。Instagramでもいい。
※断っておきますがステマじゃないです。ただのファンです。
初めて作品を見た時は素直に驚いた。この器をなんと呼称すべきかわからなかった。ガラスと漆が、こんなに美しく調和するものとも思ってもみなかった。
固定観念で、ガラスは洋物、漆は和物のイメージが強くある。だからこそ、まさか混ざり合うなんて、想像もしたことがなかった。
少し話は逸れるが、私の懐は寒い。だいたい成人の日くらい寒い。要するに日本で一番寒い季節くらい寒い。早く春分を迎えたい。
武藤さんの作品を見た時、初夏の懐にしたいと本気で思った。分不相応でも背伸びしてでも、この美しさを手にしたいと思ったのだ。
Instagramでの投稿も拝見していて、やはり美しいと日に何度もため息を吐いた。そんな折、大阪に催事で来られるという。
生で見たいと疼く気持ちのまま、動ける日程をすぐに探した。
高級な食器や長持が並ぶフロアは少し怖いくらいだった。
手を触れないように指示した看板もあったし、気難しそうな職人さんらしき人が何人もいた。
そこからの詳細は若干割愛したいのだが、結論だけ言うと直接器に触れさせていただいた。ない袖は振れないのだから、お仕事やほかの方のお邪魔もできないと遠巻きに観察していたのだが、よかったら持ってみてください、と武藤さんのお言葉に甘えて触れたのだ。
その軽さに驚いた。重厚な見た目と相反する軽さで、とても扱いやすい。漆だけで形どられた部分は見ただけでわかる薄さで、口当たりの良さがそれだけで感じられる。きっとこれでお酒を飲むと美味しい。指で押さえると少し曲がるのだと教えてもらった。ただ、脆さは少しも感じない。不思議だ。
美しくて、繊細で、多彩な顔を持っていて、それでいて柔らかく暖かい。
どの器を見ても初めての体験だった。真っ赤な漆の断面が角度によって見えたり見えなかったりして、楽しくて何度もいろんな角度から眺め眇めた。中に飲み物を入れるとまた見え方が変わるという。なんてこった。
本当にいい物に触れた多幸感でいっぱいになって、催事場を後にした。
その日は一日、言葉にできない感覚で満たされていた。カラカラの心に水がようやく注がれた気分だった。
はあ、やっと潤った。